ニューヨークは雨。
肌寒くて、赤いダッフルコートを着て、傘をさして、外に出た。
私は折りたたみ傘より、普通の傘が好きで、
それも、ワンタッチでバンッ!と開く傘でなく、
オーソドックスな1本傘を好んで使っている。
パリのサンジェルマン大通りに小さな傘屋があって、
パリに行くと必ず、そこで手作りの傘を1本、買って帰ったものだった。
だから、私は傘コレクターのように傘を持っているけれど、
雨の日に外出するのは、それでも、気軽ではない。
そこの傘は、たとえ強風で殆どの人の傘が風に負けて翻っても、
しっかりと、風に耐えて、私を雨からも、風からも守ってくれる。
1本1本に込められた、作り手の気持ちが生み出す、強さかも知れない。
日が暮れた頃、地下鉄のホームで電車を待っていた。
MDのイヤホーンから、クラプトンの "Danny Boy" が流れて来た。
突然、すべての動きがスローモーションのように見えた。
私はMDのプレイモードをリピートにして、
何度も、何度も、Danny Boyを聴き続けた。
暗いトンネルの遠くから、電車のヘッドライトがやってくる。
銀色のステンレス製の車両が速度を落とし、ゆっくりと止まる。
ドアが開き、中に入る。
Danny Boy はまだ流れている。
地下鉄の座席は黄色とオレンジが交互に並び、
ところどころに、空いたところだけ、鮮やかな色が顔を出す。
その隙間に、映画 "City of Angeles" のように、
見えない天使が立っていてくれたらと思った。
あるいは、
隣に座っている、よれよれになったチェックのネルのシャツを着た老人が、
人間の姿をした神さまで、私のこころを読んでいてくれたらと、願った。
そして、勝手にこころの中で呟いた。
"...私は大丈夫じゃない...."
こころの中で、私は両手を顔にあてがい、
その十本の指の間から、
体温より暖かな涙が落ちまいとして広がるのを感じていた。